魔人達の遺体の懐から、飛び出したものがあった。
 灰色の、小さなねずみ、だ。
「いけない…!!」
 我に返ったマイラが叫ぶ。
「あれは…」
 しかし、壁のひび割れた隙間に、ねずみは消えた。
 間違いない。
 英雄剣士グレイアンに討たれた時と、同じ手だ。
 小動物に乗り移って、逃げたのだ。
「憑依…」
 あのねずみだけは、何があろうと仕留めなければならない。
 その筈だ。だが、どうやって?
 辺り一帯を破壊するのか。そんな魔力は、蒼の魔導師にも残っていない。
「あのねずみを捕まえてください!」
 まともに動ける者は、一人もいない。
 ならば、人に戻る方法とやらを見つけ出し、阻止するしかないが。
 その仕組みは恐らく、乗り移ったねずみの体に内包されているに違いなかった。
 リースが滅ぶその日まで、魔人は何度でも蘇るのだろう。
 黄金の髪の少女が、今ここに居なかったなら。
「大丈夫ですよ、マイラさん」
 レイクリルは、最高の笑顔で告げた。
「あいつはもう、二度と人に戻れませんから」
 それは、成し遂げた者だけに許される、天に祝福されたかのような微笑み。
「まさ、か…」
 封印の一族に生まれし、レイクリル・ガーナスン・アトナンターゼ。
 彼女の旅の目的は、取り逃がしてしまった魔物の封印であった。
 しかし、魔物は封印するまでもなく、相棒が倒してくれた。
 その代わり、にはなるだろうか。
 対象のランクで言えば、きっと上がった筈だ。
「あのねずみに、魔人を永久封印しました」
 それは、つまり。
 事前に施していたであろう、人に戻る術も意味を成さない。
 魔人ヒューデスが、復活の道を絶たれたという事だ。
 未来永劫、その名が歴史に再登場する事は無いのだろう。
 彼の、ひどく身勝手な輪廻は、ここに閉じた。
「封印、完了…」
 全ての魔力と精神力を使い切り、少女もまた、気絶していた。
 とても、幸せそうな顔で。


「…大した連中だよ」
 ハドは、そう言うのが精一杯だったようだ。
「命を懸けるに足る決意、ですからね」
 マイラは、倒れた封印師の少女を抱える。
「ハド。黙って見てないで手伝ってください」
 マイラも体力は残っていないのだ、しかし。
「そうしたいところだがね」
 巨漢の事情は、もう少し切実だ。
「…封印術を解いてくれないかよ」
 レイクリルの腕は、格段に上達していたのであった。
「ハド様は、あたしがお持ち帰りしますぅ」
 何時もの、空気を読まない少女が、そこに居た。

 幕が、降りていた。