決着を急がなくてはならない。
 マイラは、それを強く感じている。
 魔人は、気付いてしまったのだから。
 キメラ・アーマー。術式生体装甲の、正しい使い方を。
 あれを魔導師が装着する場合、自動操縦にするべきなのだ。
 そうすれば、呪文が使えると同時に、魔物本来の動きも取り戻す。
 そして、術者に付きまとう、身体的な弱さをも補える。
 魔力転換障壁に守られながら、別個に呪文と肉弾攻撃を繰り出せるのだ。
 後は必要に応じて最低限の命令さえ魔物に通せば、それで良い。
 それで、無敵に限りなく近い存在が、出来上がる。
 だからこそ、それに気付いてしまった彼を、この場で倒さなければならないのだ。
 だが、この短時間で辿り着くとは。
 流石に、魔人か。
 精神的不利に追い込んで、一気に片付けなければならない。
 その為の、裏奥義だ。
「ならば、魔法はどうかな!」
 折れない。
 そう簡単に、魔人と呼ばれる者の心は。
 しかし。
 ヒューデスの唱えた爆炎雷をも、マイラは掌で止めた。
 掌に当たり、呪文が拡散する。
「…有り得ん!」
 そして。
 今度は、マイラの呪文。
 既に実績のある、並列同時詠唱。
 解呪と、氷刃嵐だ。
 魔力転換障壁が無効化され、氷の刃が魔物を襲う。
「何が起こっているのだ、これは…」
 追い込んでいる。このまま、何もさせない。
 マイラは、立て続けに攻めるつもりであった。
 しかし、やはり魔人か。
 彼がこの窮地で唱えたのは、作用力看破であった。
 何か、仕掛けがあると踏んだのだ。
 そして、仕掛けは在った。
「これは…。第七階位防御呪文、風結水晶界。しかも、穴か」
 見破られていた。
 裏奥義の仕掛けを。
 風結水晶界とは、空間に掛かる不可視にして球状の壁だ。
 それは、風と水の属性を併せ持つ精霊系の最硬防御術のひとつ。
 殆どの魔法及び物理攻撃を遮断する。
 しかし。
 本来ならば、中に居るマイラの呪文も外に通らないのだが。
 この術にはひとつの特性がある。
 発生時に生物を貫通出来ないという物だ。
 その特性を利用し、マイラは側面に穴を開けた。
 実に、腕を伸ばしたまま術を展開するという、極めて単純な方法で。
 しかし、これで完成するのだ。
 穴の存在を知る術者のみが、一方的に相手を魔法攻撃出来る形が。
 後は、敵の攻撃に合わせて掌を差し出す事で演出をする。
 掌で、全ての攻撃を受けているように見せるのだ。
 アステノーラ流の裏奥義とは、相手を騙す技の総称であった。
「くだらない。しかし、確かに良く出来た技か」
 魔人は、必勝の策を思い付いていた。
「だが、見破られては終わり。そういう技でもある。惜しいね…」
 その策を実行する。
 風結水晶界は、次元を超えて存在出来ない。
 即ち。
 瞬動術ならば、入れるのだ。壁の中に。
 そして、その限定空間の中に、魔導師と魔物が在るならば。
 言わずもがな、結果は見えている。
 瞬動術、詠唱。
 そして、ヒューデスは消えた。
 マイラが作った風結水晶界の内部へと、瞬間的に移動していた。
「掛かりました、ね」
 蒼の魔導師の、その声は。
 魔人には届かなかったのであろう。
 裏奥義は見破られたが、ここからが複合奥義の真髄だ。
 それは、完全なる誘導。
 仕上げの並列同時詠唱は、既に完了していた。